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坂の上の雲
日露戦争の戦記とそこに関わった人々の生い立ちや明治日本という時代を描いた作品。

作者は歴史小説の大家・司馬遼太郎。この作品も小説ということになっているが、実質ノンフィクション作品と言ってしまって良い。作者が準備に五年、連載自体に四年数ヶ月、のべ十年近くも掛けて書き上げた労作。単行本で六冊、文庫本で八冊の分量がある。

本作の一番の魅力は、明治維新を乗り越えた日本が大急ぎで西洋のものを取り入れるため、様々な人々が色々な方面で行動し、ついには大国ロシアを破るまでを描いたところにある。日本が勝つのは気持ちいい。

日本海軍が日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破ったのは非常に有名だが、陸軍のほうは私の印象には残っていなかった。旅順で沢山戦死者を出してようやく陥したというから、苦戦していたことだけがイメージにあった。ほかの野戦では数でも装備でも劣っていながら優勢に戦い続けた。

それぞれの場面で活躍した人物を取り上げ、略歴を説明している。人にはそれぞれ背景があり、江戸時代から明治維新を経て西洋化を進めた時代背景に必ず根ざしている。主人公三人に限っても、秋山兄弟は幕府に味方した藩の下級士族の家系で、お金がなかったことも理由となって軍隊の学校に入ったし、正岡子規は西洋方面の何をやっても先頭集団を走れる中で学問を志す。準主役級として、当時大臣にまで上り詰めていたものの遠征軍の総参謀長に降りて活躍した児玉源太郎の型破りなところや、バルチック艦隊を率いたロジェストウェンスキー提督の小役人さが長大な遠征を完遂させたところなど、おおぜいの人々のことが語られる。

筆致は淡々としており、巨匠の風格が漂っている。例の「余談」で語られる司馬遼太郎節はどれも興味深かった。正岡子規周りは私が学生の頃に読んでいたらあんまり面白く感じられないかもしれなかったかもしれない。時代の変わり目というのは魅力的な世界だなと思った。幕末にドイツ語を先取りして勉強していた人が第一人者になったり、語学のセンスがある人が何ヶ国語も喋ったりしていた。

お雇い外国人としては軍事関係が中心で思ったより人物は登場しなかった。一番重要な人物として、ドイツの世界的大戦略家モルトケの愛弟子と言われたメッケル少佐について結構記述がある。日露が開戦したときに特別なメッセージを日本に送ったとか、本国では不遇だったが日本人は彼に幾度と感謝を伝えたらしい。

奉天会戦はこれまで最大の戦いだったナポレオン時代の多国間の戦闘よりも規模が大きく、また兵器もかなり進歩していた。日本海海戦もかつてない規模の戦いであり、海上に要塞のように浮く戦艦同士が戦うとどうなるのか、世界中が注目したそうだ。初めて尽くしの中で、ロシアの強力な機関銃の前にむざむざ屍を晒した数千数万の日本兵のことを思うと我が身に置き換えてやるせなくなるが、日本人は一生懸命努力して乗り越えたのだなと感慨が起こる。

ロシア側の将軍、旅順のステッセルや、野戦軍のクロパトキンは、優れてはいたが欠点の大きな人物だとしており、そこにうまく日本が付け込んだので勝てたという観点を取っている。観点というか作者は膨大な事実からその結論を導き出している。日本の乃木希典については、作者はデリケートに扱っており、軍人としては無能な部類だが、たたずまいが西洋人を感動させたとし、そこから世界的に尊敬されるようになったと結論している。彼を含め、野戦軍の大山巌や東郷平八郎などの薩摩隼人は、進んで知略をめぐらすのではなく下の人間に自由にやらせ責任だけ取るタイプの人間が多く、参謀型ではなく将帥型として優れていたとしている。

当時の日本の教育レベルが高かったことを示すエピソードとして、単なる一兵卒が捕虜になったあと軍事に関する論文のようなことを喋りだし、それが驚異としてドイツの雑誌に掲載されたらしい。最近「硫黄島からの手紙」という映画の宣伝が盛んで、第二次世界大戦の頃も兵士たちはよく手紙を書き、アメリカ軍がそこから情報収集していたらしく、アメリカ人と比べて日本人の教育レベルの高さに驚いたというが、この頃から既にそうであったらしい。江戸時代からのものだからだろう。

江川達也がマンガで「日露戦争物語」を書いている。秋山真之を主人公としているため、正岡子規も出てきたり、その他有名な登場人物が沢山出てくるため、共通点が結構ある。私はこちらのほうは連載中のものを大体十巻分程度読んだだけで途中で読まなくなったため残念ながら比較は出来ない。切り口も作品の目的も似ているので、江川達也が司馬遼太郎とどこで差を付けるのか気になった。

物語感が少ないところが本作の小説としての問題点かもしれないが、冒頭でも述べたようにこれはノンフィクションに属させるべき作品なので気にするところではないのだろう。ただ、分かりやすい物語を楽しみたい人にとっては物足りないかもしれない。私は正直言って歴史小説という分野が嫌いで、歴史上の偉大な人物に対する作者一般の器の小ささが目立ってしょうがないことが多く、筋違いかもしれないが「おまえが勝手に決め付けるな!」と言いたくなる作品ばかりだ。そんな中で、本作ほど入念に調べられた作品であるならば、作者が登場人物の気持ちを想像して描いても良いと思うのだが、ストイックに最小限に絞り込まれているところを見ると、やはり作者も自分の想像で書くことを戒めていたのではないかと思う。読みやすさを考えれば想像で物語を作ったほうが良かったと思う。江川達也はどうやら自分で物語を作っていっている。
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