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『噂の真相』25年戦記

岡留安則 (集英社新書)

最高(50点)
2005年3月6日
ひっちぃ

ゴシップ誌として悪名高いものの月刊誌売上第二位だった「噂の真相」を立ち上げてから休刊までの25年間編集長をつとめた岡留安則が、その歩みをまとめた本。マスコミのタブーに挑戦し続け、幾度もの廃刊の危機を乗り越えた波乱の歴史を、内側から描く。

私は正直言ってこの「噂の真相」という雑誌は大嫌いだった。それは作中にも語られるが、小林よしのりとの対立で悪く書かれたことが大きな理由の一つだ。このとき「噂の真相」は、小林よしのりが言うには、体の悪い妻について執拗に暴こうとしていたという。なぜそんな人の私的で触れられたくない部分を、大衆の好奇心を煽る形で報道するのかと、本当に最低の雑誌だと私は思った。それから時を置いて実際に本誌を手にとってみたが、目次だけ見てもいかにも低俗で、まったく見る気がしなかった。あのガングロ女子校生雑誌eggですら試しに買って読んでみた私だが、「噂の真相」にはそんな気すら起こらなかった。どうでもいいような下半身の話がこれでもかと書かれていたのだ。

しかし今回この本を読んでみて、なるほど見直した部分もあった。特に創刊の経緯であるが、「噂の真相」の前身は、その名も「マスコミひょうろん」というマスコミ業界紙なのだ。大手新聞が書かないことを雑誌が書いて話題となることがあり、メジャーなメディアほど偏向報道や無難な報道にとどまるが、そういった問題を扱うことを目的として作られた雑誌なのだという。私の大好きな週刊文春の、さらに大好きなライターについての批判もやっていたらしい。その内容が本当かどうかは知らないが、一部だけ本書でも語られているので読んでみると、とても気になる内容である。

そんな高尚な目的のあるこの雑誌が、なぜ結果的にあのような形になったのか。それにはこういう考えがあったのだと筆者は言う。社会に影響を与える人間はすべて公人なのだから、私生活のありようにも責任を持つ必要がある。極端な例を挙げると、モラルを説く人間がモラルに反した生活を送っていないかどうかを人々は知る必要があるというわけである。

読んでいてなるほどと思った。小林よしのりの場合は、自分の主張だけでなく、事務所で働くスタッフや秘書のことも作品に出し、自分たちの仕事のありようについてまで自画自賛的に語っている。それはそれ自体問題のないことだが、そこまで書く以上は、それが果たして本当なのかどうか、誰も検証しなくてもいいのだろうか。私はそのへんには大して興味が無かったので受け流していたが、読者の中には心酔して葉書まで出すような人々がいる。政治家のスキャンダルが許せないのに、言論人の真偽に無頓着なのはおかしいだろう。

それともちろん読者の興味を引くためだ。崇高な題目以外にエンターテインメント性(ヒューマン・インタレストと言っている)を重視したと作者は正直に言っている。作者の実にあっけらかんとした姿勢には筋が通っている。私はこの本を読んだ今もこの雑誌が好きになれないが、ドロドロしたスキャンダル雑誌というイメージは薄れた。書かれた人から抗議が来ることもたびたびあったというが、ちゃんと編集長か副編集長が会って話したりしたそうだ。勇み足だったらとっとと謝って謝罪記事も出していたらしい。まあこのあたりは第三者ではなく本人が言っているだけなので実際のところどうだったのか確かめようがないが、こうして本に書いて恥を晒しているのだから事実に近いのだろうと私は思う。

ただ、読んでいて小物だなと思ったことも幾たびかある。一言で言えば、自己言及的、自己弁護的。ダラダラとネチネチと、本人は短くまとめて書いているつもりだろうが、粘っこい文章で特定の個人に言及している箇所がいくつもある。読んでいて、読者の私にもそういうところがあるので、余計醜く見える。

中でも、小林よしのりが右派になったのは「噂の真相」の影響かも、と言っているところは、普段いろんな噂をつなげることから記事を作り出している作者の性なのか、誇大妄想の気があるように思う。作者は左派なので、小林よしのりはそれに敵対心を剥き出しにして右派に転向した可能性があると言っている。小林よしのりも昔はバリバリの左派で、西部邁の頭にウンコを載せて描いていたほどだった。

という一方で、皇族を侮辱したという理由で多くの右翼団体から抗議を受け、謝って歩いた話も正直に書いているところは素晴らしい。私自身の見方から言うと、確かに皇族を侮辱していると思われて当然の記事のようだったが、それでも非合法な手段で抗議したり、広告主に圧力を掛けたりした右翼団体に正義はない。そのあたりを主張していないところは不思議だが、自分の恥も隠さず書いているところは、スキャンダル雑誌の編集長として尊敬すべき態度だ。

「噂の真相」は、新宿ゴールデン街からネタを仕入れることが多かったそうだ。そこには10人ぐらいしか入れないような飲み屋が何十件とあり、一晩に何軒もハシゴをして、取材を終えて一杯やっている記者たちから話を聞いていたのだという。歌手の椎名林檎が自らを新宿系と名乗っていたのは、こういう文化的な背景があるのだろうか。新宿には歌舞伎町もあればションベン横丁もあるのでなんとも言えない。新宿に近い立地でなければ「噂の真相」はありえなかったと作者自ら言っている。

ここでは紹介しなかったが、共同経営者の裏切りによる決別の話とか、広告主に全部降りられて資金繰りに苦労したけど脱皮した話とか、検察に喧嘩を売った形となった告発記事の話、連載を彩った何人かのライターの話、個人情報保護法により閉塞しつつある日本の暗い現状、などなど非常に中身があって面白い本だった。「噂の真相」誌は休刊してしまったが、作者がこれから何をやるのか、非常に楽しみである。

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