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量子コンピュータ

竹内繁樹 (講談社ブルーバックス)

まあまあ(10点)
2006年10月9日
ひっちぃ

量子コンピュータの仕組みを、量子力学の基礎的な原理から、それのコンピュータサイエンスへの適用、実現の上での物理学的な問題までを解説した本。

作者は日本で簡単ながら実験を成功させた実績がある竹内繁樹という大学の先生らしい。

この本は超難解な本だ。

まず、量子力学自体を理解することが難しい。一つのはっきりした物理現象が確かに存在するのだが、あのアインシュタインですら最終的に納得できなかったそうで、一線の研究者でも人によってイメージの仕方が違うらしい。

一つのはっきりした物理現象とは、光子一粒の存在があやふやになってしまうことだ。光子をたとえばパチンコの釘のようなもので均等な確率で左か右のどちらかに転がるようにしたとする。沢山の光子をいっぺんに釘に落とすと、左に転がった光子と右に転がった光子とがぶつかってみんな真下に落ちると思って欲しい。さてここで今度は一粒の光子だけを釘に落としてみたとする。すると一粒だと光子は他の光子にぶつからないはずなのに真下に落ちるのだ。うーん、波を使わないで説明するとどうしてもこうなってしまう。

私たちが日ごろ目にするものは複数の物体が集まったものだ。複数といっても10の何乗という膨大な数の原子が集まったものだから、個々の原子が多少好き勝手に動いても、巨視的に見れば秩序がある。高校の理科の授業で「圧力」について学ぶとき、圧力とは無数の分子がでたらめに動いて一つのものを押すのだと習い、直感的に理解に苦しんだことはないだろうか。

それと同じように、物質的にこれ以上分解できないと思われていた量子が、何かまた別の概念で分解可能だということ。ここに一つの量子が存在しているという事実が、実は別の概念の寄せ集めによって成り立っているのだということに、人類は気づいたのだ。

とこんな風に物理的に深く突っ込まなくても、原理さえ把握していれば先に進める。進めるのだが、この頭の切り替えが出来る人ってかなりの学者脳だと思う。しかもそれが今度は数学的に抽象化した上での応用になるのだから大変だ。

作者は結構丁寧に説明してくれていると思うのだが、どうしても頭がついてこれない。量子(光子などの総称)の動きを地球儀のような数学的モデルに置き換える「抽象化」、そして置き換えたあとで各種の演算を考える「応用」、この積み重ねがあって初めて量子コンピュータが理解できる。

なぜ量子が大量の計算を一度に出来るのかというと、量子のあやふやな状態をいくらでも重ね合わせられるからだ(もちろん工学上の限界がある)。無数に重なり合った量子状態は、そのままだと無秩序な物理現象としてしか認識されないが、単純な法則性を持つよう工夫することで、重ね合わさった状態から演算結果を取り出せるようになる。このように法則性のある重ね合わさり方をしていることを、エンタングル状態と呼ぶらしい。

後半は量子とは切り離した独立したコンピュータサイエンスとしても考えることが出来る。私はコンピュータサイエンスの専門教育を受けた人間なのでそれなりに頭を使えば内容を理解できるが、情報系と数学系以外の人間が理解するにはもっともっと頭を使わなければならないことだろう。

ところで量子コンピュータとは別に分子コンピュータというものもある。こちらは、入力となる分子に記号を埋め込み、分子の物理法則を利用して計算し(というか勝手に動く)、その結果から記号を抜き出して出力結果とする計算方法を取る。主にDNAのような高分子化合物を利用するらしい。たとえば自然界は無数の数式であふれている。ありきたりな風景でもCGで表現しようとすると大変だ。葉っぱの動き一つ一つを物理計算するのにどれだけの時間が掛かるのだろう。逆に言えば自然界とは無限の可能性を持った計算機械だといえる。そんな自然界の計算機を有効に利用しようというのが分子コンピューティングなのである。

ブルーバックスのすごさと私の頭の限界を改めて知らしめてくれた本書は、私にとって意味のある一冊となったが、この本を楽しめる人は非常に少ないと思う。私も正直楽しむところまでいかなかった。数学的な遊びを愛することの出来る人だけが楽しめる。私の交友範囲でブルーバックスをよく読んでいたのは一人か二人だけで、そのうち一人は大学で数学を専攻してついには海外に留学までしたほどだ。ブルーバックスがすべてこういう難解な本というわけではないが、本物の知識に手軽に触れることが出来る素晴らしいシリーズだと思う。

判断に困る本だが、こういう本はもっと学者の枠を超えた人が書いた方がいいと思う。作者の学者としての解説は十分だと思うが、論理を説明するのに論理をもってして行う試みは最上とは言えない。

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