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オーバーロード 書籍版 第9巻まで

丸山くがね (KADOKAWAエンターブレイン)

傑作(30点)
2015年9月6日
ひっちぃ

空想未来で高度に発達した多人数参加型オンラインロールプレイングゲームを仲間と一緒に遊んでいた鈴木悟だったが、時が経つにつれてゲームが廃れてしまい、ついにサービス終了を迎えてしまった。しかしなぜかゲームは終了せず、ただ一人ゲームの中に取り残されてしまう。ゲーム内のはずが奇妙な現実感が帯びてきて、かつてゲーム内で仲間と作り上げた悪の組織が、その根拠地と部下ごと別の世界に飛ばされ、彼は王として振る舞い続けなければならなくなる。ダークファンタジー小説。

2015年7月からアニメ化されて放映されているのを見て面白かったので、原作にも手を出してみた。本来ならアニメが終わってから原作を読むところなのだけど、あんまりアニメは進まなさそうだし、結構悪趣味な作品だとネット上で言われていたのでアニメ化されない部分が多そうで原作を読んだ方が早いんじゃないかと思ってさっさと読みだしてしまった。

かつて読んだ中に喬林知「今日からマのつく自由業!」という作品があって、ちょうど日本の高校生が異世界に飛ばされて魔王として君臨させられる話だったのだけど、醜悪に描かれる人類に対してちょっと人類を理想化した「魔族」と呼ばれる存在の王になって、醜い人類を抉り出して滅ぼそうという人道的な展開が描かれる作品だった。それに対してこの「オーバーロード」のほうは、本当に邪悪な存在たちの上に祭り上げられて王として振る舞うことになる。主人公の精神は日本の若いサラリーマンなのだけど、ゲームの中の世界が拡張現実として彼の精神に浸食してきているため、人殺しも大して抵抗がなくなっていく。

彼の最終目的は、ゲームの中の世界(?)に閉じ込められてしまった自分を脱出させること、かというとそうでもなくて、天涯孤独の身なのでどうでもいいのだった。でも自分と同じように閉じ込められたかつての仲間や他のプレイヤーがいるのではないかという希望にすがる一方で、この世界で自分が殺されたらどうなるのだろう、この世界はどのくらい危険なのだろうかと警戒して恐る恐る探索をしていく。しかしすぐに分かるのだけど、この世界の住人は自分と比べると非常に脆弱で、圧倒的な力でねじふせることが出来ることに気付く。

この作品の面白いところは、主人公とその部下たちの圧倒的な力により敵がねじ伏せられること(これは作者自身があとがきでこの作品について「俺つえー」系だと言っていることからも言える)、そしてゲームとはある程度異なる未知の世界に飛ばされたので知らないことを探っていく楽しみ、またゲームだと再生産可能だったものについて新たな世界では材料の入手方法が分からないために新たに生産方法を確立していくという経営的な楽しみ、それから強力な組織を育てていって未知の危険に備えつつ世界を征服していく展開を楽しめる点だと思う。また、女の部下たちが主人公に惚れるというハーレムものの要素もある。ただし主人公はアンデッド(ゾンビとかの不死の存在)に転生しているので、肉欲どころか食欲すら満たせない。

メタな要素もあって、もともとゲームの中で作られたものだから、かつていた仲間のプレイヤーのことを部下たちが「至高の41人」と呼んでいるだとか、個性豊かなプレイヤーたちが自分の趣味趣向で色々好き勝手にやっている残滓が残っていて、時にそれが主人公にとって涙や笑いを誘うだけでなくトラブルのタネとなったりもする。日本人はゲームをやるときに自分のキャラクター名を適当に決めるという性質があって、たとえば主人公の鈴木悟は「モモンガ」と名付けているし、「たっち・みー」さんだとか「ペペロンチーノ」「ぶくぶく茶釜」とかのふざけた名前が時々ポロッと出ることにクスリとくる。

部下の中には知恵者もいて、主人公の鈴木悟の及びもつかないようなすごいことを考え出すのだけど、彼らは彼らで主人公こそ世界最高の智謀を誇る王だと心酔しているので、そんな過度の期待を受けた主人公の苦悩と切り抜け方が面白い。他にも絶対服従の部下たちが違った意味で主人公の思い通りにならずに振り回されるのが楽しい。

情報を集めるため、一介の冒険者「モモン」として近隣の王国の都市エ・ランテルで名を上げようとするのもよかった。言葉は通じるけれど文字が読めないとか、この世界では当たり前の知識を持っていない問題をなんとかカバーしながら、依頼をこなし、人脈を作り、名声を上げていく。当然めっちゃ強いので、仲間から驚かれ、尊敬されるようになる。

世界観がかなり正統派なファンタジーものなのが良かった。出てくるモンスターとか、人々の暮らしぶり、国同士の勢力争いや国内の権力闘争、かつての伝説や今に引き継がれるもの、マジックアイテムや装備品など。

既刊全部すぐに読んでしまったので面白かったのだけど、この作品にはいくつか問題点や気に入らない点があった。

一番大きいのは、9巻でついに征服を始めてしまったこと。しかも圧倒的な力で。これやっちゃうと、水戸黄門みたいな越後のちりめん問屋の隠居のはずが実は天下の副将軍みたいなことが出来なくなってしまうだけでなく、人類の敵になってしまうので展開が単純になっちゃいそう。まだまだこの世界には強力な存在がいるということなのだろうか。人間が一番弱いっていう振りもあることだし。主人公たちの軍事力がもっと低かったら、あるいは倫理的なものかなにかで縛りを設けていたら、世界征服の過程がもっと楽しめたかもしれないのに。

戦争とはいえ敵兵を数万人以上殺してしまうのもどうなんだろう。4巻でリザードマンと戦争したときはまだ亜人だし、文明の発展度合からして部族間の争いの延長みたいなものだしまだアリだと思ったのだけど、いくら時代背景が中世とはいえ農民主体の兵士数万人を殺しちゃうのは倫理的にどうなんだろう。

主人公たち以外についての描写が結構多いのは、良いことでもあり悪いことでもあるというか、でも4巻でリザードマンの英雄をネチネチとまるで独立した一つの物語のように描いてみせたのにはちょっとうんざりした。どうせそのあと蹂躙されるだけなのだし。これひょっとして「俺TUEEEE(強ええ)」ものの黄金パターンなんだろうか。あとあとの展開が楽しめそうな王国の戦士たちを描く分にはいいんだけど。ただ、凡百の「俺TUEEEE」ものと違って(?)、弱者の挫折とか悩みが時に主人公を喰って丁寧に描かれている点が、この作品を読み応えのあるものにしていると思う。

9巻まで読んでも結局そもそもなぜ主人公がこの世界に閉じ込められたのかという点についてまったく進展がないのはどうなのだろう。

ちょっと青臭いというか子供じみた描写(主に感情面)がちらほらあるのだけど、割と平然と読み進められた。この作品を人に勧めるのは少し恥ずかしく思えるのだけど、自分で楽しむ分にはそんなに問題はなかった。でもラナー王女の性格が本当に残念だった。

自分が読んだのは書籍版なのだけど、もともとは作者がネット上のSS(ショートストーリー)投稿掲示板に上げていたものらしく、結構改稿されたようで話がだいぶ違っているらしいことがWikipediaに書かれてあって、ちょっとびっくりした。さすがにこのあとオリジナルのウェブ版を読む気にはなれなかったけれど、どんなところが違うのかちょっと気になるし、二つのバージョンを書くぐらいだったら一本にまとめてその分の労力を本編でも外伝でも注ぎ込んでくれればよかったのにと思った。

ふと思ったのだけど、この作品は架空のファンタジー世界を舞台にしているものの、戦国大名ものに近いのかもしれない。たとえば織田信長とか武田信玄とかみたいなのが好きな人にはいいのかも。有力な家臣が活躍するのも似ている。

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