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おおきく振りかぶって 27巻まで

ひぐちアサ (講談社 アフタヌーンKC)

まあまあ(10点)
2017年5月4日
ひっちぃ

中学の頃にずっと野球部のピッチャーをやっていた三橋廉は、自分がずっとエコヒイキでエースをさせてもらっていたと思っており、チームメイトからひどく疎まれていたので自信を失っていた。地元とは離れた高校に進学し、もう野球とは縁を切ろうとしたが、そこには新たな仲間たちがいた。野球マンガ。

もうかれこれ十年近く前にアニメ化されたのを見て、繊細なやりとりをする少年たちの心理描写が気持ちよくて、いずれ原作マンガを読もうと思っていたらこんなに時間が経ってしまっていた。やっと読む気になれたので、断続的に読んでみた。面白かった。

三橋廉はいわゆるコミュ障で、すぐドモるし言いたいことをなかなか言えない。でも譲りたくないことは絶対に譲らない芯の強さも持っている。そんな彼が新たにバッテリー(投手と捕手)を組むことになったのは、せっかちですぐ大きな声を出すけれど実はやさしい阿部隆也だった。

序盤は気の弱そうな投手の三橋廉が過去を克服しようとすることで進む。投球サインすら出してくれずチームで孤立無援だった彼が、県立高の上級生のいない新設された硬式野球部で仲間と出会い、硬直していた心が解きほぐされていく。一方で阿部は、サインを出させない投手と組んできたので、今度こそ自分のリードでうまくやると意気込む。

全国レベルの選手だけど背が低くて人懐っこい田島と、そんな彼を尊敬するちょっと控えめな長身キャプテン花井が、監督の百枝まりあの策略で互いに良いライバル同士になるよう意識させられるところとか、他校の話だけどかつて阿部がバッテリーを組んでいた自己中投手榛名の成長とか、先輩後輩で引き継がれる気持ちなんかが良かった。

この作品の野球部の特徴として、新しく出来た硬式野球部なので先輩がいないことと、かつて存在した軟式の野球部にいた女性・百枝まりあが監督をしていること。この通称モモカンと呼ばれる女性監督は、胸が大きいけれどきっちり体育会系で球の扱いがうまく部員から信頼されている。普段は別の仕事をしていて、バイトで稼いだ私費で野球部をサポートしている努力家。いかにもアフタヌーン(雑誌)っぽいキャラだと思う。顧問は数学教師の志賀剛司で、ガッチリしたトカゲっぽい風体だがメンタルトレーニングなどに精通している頭脳派。

正直、上級生のいない運動部っていうのはありえないと思うのだけど、独特の空気感があっていい感じ。あさのあつこ「バッテリー」だと主人公がいきなり上級生たちのいじめにあうところなんか、まあリアリティで言えばそのほうが運動部らしいのだけど、この作品ではそういう上からの閉塞感がなくてみんなのびのびとしている。部員が十人しかいなくてレギュラー争いが皆無に等しいし、補欠の一人にもほとんど焦点を当てていない。たまに出番が回ってきて実力不足を痛感するシーンはあったけど。

野球部を応援する同級生の少年少女や母親たちの描写があって雰囲気があった。チアガールに挑戦する同級生の照れがすごく伝わってきてかわいかった。母親たちが持ち回りでライバル校の試合の様子を家庭用ビデオカメラで撮りに行くところとか、母親同士のコミュニケーションがなにげに微笑ましかった。

野球というスポーツについて言うと、投手の重要性が突出しているという非対称な点が特徴だと思う。サッカーのエースストライカーなんかよりもずっと重要だ。それと進行が遅くてターン制(?)なところ。自分は生まれたときから野球が身近にあった世代なのであまり客観的になれないのだけど、やはり野球というスポーツはなんかヘンだと思う。よく似ていると言われているクリケットの試合を見てみるとそれがよくわかる。でもおそらくこの偏りが、人の生きていく上で遭遇する様々な事態と相似しているんじゃないかと思う。野球は筋書きのないドラマだと言われるように、ゲームの中でのピンチやチャンスとかチームメイト同士の助け合いや敵味方の戦力差なんかが。サッカーはその点ちょっと没入しづらい。

試合の描写が面白い。高校野球なので地区大会を勝ち進んでいかなければならない。大会は春夏秋とほかに新人戦なんてのもあった。舞台が埼玉なので学校が多い。地区大会を勝てば県大会があってそこで勝てば甲子園に行ける。真剣勝負で、三橋と阿部のコンビが相手チームの打者を抑えていくところとか、逆に打たれるところとか、攻撃で打った打てなかったと一喜一憂するところ、作戦を組み立てて盗塁やエンドランやバントやスクイズで点を取りに行くところ。

心理戦が細かいのがよかった。バッテリー(投手と捕手)ってこんなに打者ごとに作戦を考えているんだ、って思った。まあ三橋がコントロールのいいピッチャーなので阿部の細かいリードが活きるだけで、逆に速球派だったらもっと簡単だったのかもしれない。裏の裏をかこうとするところなんかはちょっとやりすぎじゃないかと思ったけれど、打者とのかけひきはこのくらいあるんだろうなとも思った。

なんだかんだで野球はいまだに日本ではメジャーなスポーツだしプロ選手の年俸が一番高いのでほとんどの人はルールぐらい知っていると思うけれど、細かいルールなんかはかつてよりは浸透していないのかもしれない。巻末でいろいろ解説している。

既刊27巻もあるわりにそれほど展開があるわけじゃないのが気になった。読んでいて何度も中断した。一気に読み終えたくなるほど引き込まれるわけではなかった。巻が進んでも少ししか成長していない気がする。スポットライトの当たる部員も、三橋と阿部と田島と花井とほかに誰がいたっけ?アニメを見ていたときはもうちょっと誰かいた気がしたのだけど。そうそう、試合だけでなく合宿や練習もある。他校との交流もあって面白いキャラが色々出てくるのだけど、さらっと流れていく。

主人公たちとはほとんど関係のない武蔵野第一高校の試合が延々続くことがあったけれど、それほど気にはならなかった。阿部のかつてのパートナーの榛名がフィーチャーされる。こいつがいま組んでいる捕手はやる気のなさそうなメガネ男子なのだけど、こいつはこいつで腹に持っている。でもちょっと複雑な心理みたいであんまりはっきり伝わってこなかった。

女性監督モモカンの過去に触れるのかと思ったらサラッと撫でるだけで終わってしまった。たった二人の部員でひたすら練習しつづけていたってところが想像するだけで色々くるものがある。彼女の父親も野球の指導者で、三橋がフォーム改造しようとするときに登場するのだけど、父娘のやりとりが微笑ましくてよかった。

内気な三橋は天真爛漫な田島とのほうが仲良くて、阿部がちょっと嫉妬するんだけど、この三角関係(?)はそれ以上進まないのだった。たぶん二次創作は結構作られたんじゃないかと思う(?)。

自分はこの作品にとても期待していたのだけど、読んでみたら正直それほどでもなかった。確かに面白いんだけど、今野緒雪「マリア様がみてる」ほどに噛みしめたくなるような味わいには乏しかった。自分がこの作品の男の子たちを愛せなかったというだけのことなのだろうか。脇役たちを含めた広く浅い描写は豊かなのだけど、あんまり深く入っていかない。だからキャラを好きになるところまではいかなかったし、ストーリーにもそんなに引き込まれなかった。良くも悪くも現代的なんだろうか。でも試合が面白かった。野球マンガとしてこの点は素晴らしいと思う。

いま風の上下関係のないおだやかな野球部が戦っていく、投手の心理戦がじっくり描かれる試合を楽しめそうな人なら読むといいと思う。熱血スポコンとか感動ドラマとか熱い友情物語なんかを期待している人は「敬遠」したほうがいい(うまいこと言ったつもり)。

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