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ボクだけ知ってる一宮さん

甘詰留太 (白泉社 ヤングアニマルコミックス)

まあまあ(10点)
2018年7月28日
ひっちぃ

背が低くて根暗な高校生男子の仁科忠寅の隣の席には、黒縁メガネを掛けた地味な少女の一宮未純が座っていた。彼女はクラスでは全然目立っていなかったが、隣の席から時折じっとりと見つめる仁科忠寅だけは知っていた。そのエロいしぐさと体つきを。青年マンガ。

作者はエロマンガ家(?)の甘詰留太。SMを扱った「ナナとカオル」がとても面白かったので期待して読んだのだけど、それほど面白くはなかった。

主人公は性欲を持て余したキモい高校生男子で、モテ要素のない彼には一宮さんに声を掛ける勇気がなかった。でもそれは一宮さんも同じような気がして、たまに目があうと彼女は照れているように目をそらすし、好意のようにとれる行動をとることもあるのだった。

表紙にも大きく描かれているのだけど、地味だけど肉感的な一宮さんのリアリティがすごい。ものを口でくわえるクセのある彼女の口元や、他人の視線に気づいて照れる羞恥心が、これでもかと描かれる。

そんな彼女を見つめるエロ男子の主人公に対して、ポニーテールの快活な少女である十亀は人一倍敏感に反応し突っかかるのだった。彼女は自分も彼の気持ち悪い視線に晒されているのではないかと思い、その疑いを確信に変えるべく、わざと扇情的な行いをして証拠をつかんで断罪しようとする。

自分はこういう男子の性欲をいじるような作品が大嫌いで、女を求めようとする健全(?)な精神をどうしてこう醜く描き出そうとするのか(多くの人が面白がるからだろうけど)、いつもいらだたしく見ていた。しかしこの作品はそんな性欲を気持ち悪くも肯定的に(?)描いている。

しかしその後、どうして一宮さんが主人公に対して思わせぶりなことをするのか、というこの作品の柱というべき展開が微妙すぎて、そのせいか自分の中ではさっぱり盛り上がらずに読み終わってしまった。単行本も全3巻と少年マンガにしては短いので、あまり人気がなかったんだと思う。

たぶん普通に読んでも読者はあまりピンとこないだろうから、ネタバレになってしまうけれど話の筋をもっと解説すると、彼女の思わせぶりなふるまいはすべて彼女の兄の指示によるものなのだった。なぜ彼女の兄がそんなややこしいことをして主人公の「性欲いじり」をしてくるのかというと、彼女の無邪気な期待に押しつぶされて挫折した自分の過去を主人公になぞらせたいからなのだった。彼女のほうも自分が兄を潰してしまった罪悪感があるので言うことを聞かざるをえない。

人間の心には妙な慣性が働くものなので、失敗しても同じことを繰り返そうとする。その場合、その事実をありのままには受け入れられないので、自分はわざと失敗しただとか、この程度はなんでもないだとか、理由付けが行われる。

自分は「性欲いじり」が大嫌いだと言ったけれど、この作品に対しては嫌悪感を抱くところまでも行かなかった。それほどまでに彼女の兄の描写が意味不明というかしっくりこなかったので、よく分からない展開を読み進めるだけだった。

という微妙なメインストーリーは置いておくと、最初は乗り気じゃなかった主人公が写真部に引っ張り込まれて活動しだし、エロさを含めた女性の美しさを賛美する流れは良かったと思う。女性の側からしても、自分が誰かに求められることに喜びを見出すものなのだから。

前作「ナナとカオル」はSMを扱ってしまったので間口が狭くなったと思うのだけど(自分は大好きだけど)、今回は普通の(?)高校生男子なら広く共感できそうな切り口で、エロさを含んだ女性の魅力とそれに対する男性の素直な気持ちを、醜さも含めて描いてみせていると思う。また、女性だってエロく見られたいんだ(安全であることが大前提だけど)というところも描いていて、そんな彼女たちの気持ちや心の動きが魅力的でよかった。

多分この手の話の王道は、地味な女の子が自分の持つ魅力に気づかされていくラブロマンスだと思う。でもこの作品の場合、一宮さんはよく分からないままに主人公を誘惑しているので、彼女の中身が空っぽになっていると思う。後半になって彼女が主人公と兄の間を揺れ動くシーンがあるのだけど、自分は彼女の葛藤を想像できなかった。まあ基本的に少年の物語なのだからそう都合よく彼女の気持ちが描かれても萎えるんだろうけど。

自分は変わり者の女の子が好きなのだけど、根暗なのに内に強い情熱を秘めている写真部の部長の女の子にはさっぱり惹かれなかった。逆に一番ステレオタイプ的な高飛車女子の十亀さんがかわいかった。物語的にもいいポジションにいるし。

表紙の絵とか見ると現代的な洗練された絵なのだけど、作中はどの女の子も独特の肉感でもって描かれている。リアルな体型だし、古さも感じさせるんだけど(口をすぼめたりあけたりする表情とか)、流行とは関係なく完成された一つの画風だと思う。特に手の描き方が素晴らしい。

物語的にはちょっといまいちだとは思うけれど、ストーリー以外の点で甘詰留太先生の作品の魅力を知るには(キリッ)、短くてちょうどいい作品かもしれない。

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