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    米原万理 (講談社文庫)

    傑作(30点)
    2008年2月27日
    ひっちぃ

    ロシア語同時通訳者で作家の米原万理が方々に書いたロシア関連の小話をまとめた本。ウォトカ(ウォッカ)から最悪に汚い公衆便所の話、エリツィンやロストロポーヴィチなどの著名人にまつわる笑い話など、そして最後に没落していく日本への憂いが書かれている。

    南信坊の描くマトリョーシカのちょっとシュールで愛嬌のある装丁の魔力なのか、米原万理の名前が懐かしくなったのか、書店でたまたま目に入った本書をまえがきだけ2ページ読んで衝動買いした。ソビエト時代に作られた粗悪で無骨な、消費者に媚びていない堂々としたダンボール箱に、その場に集った一同が感心するシーンから始まる。そのダンボール箱の中身の芸術的な銀器には目もくれずに。そこから作者の主に同時通訳者としての経験上知った数々のエピソードが披露されていく。

    第一章は大酒飲みのロシア人についてまとめてある。エリツィンの暴飲ぶりと抱腹絶倒の話が最高。この部分は会話文にしてあるのだが、エリツィンが会話の最中に頻繁にウォトカを口にし、そのたびにわざわざ「グビグビッ」と擬音を入れていて、下卑た笑い声を「ヒヒヒヒ」と忠実に(?)表現してあって、エリツィンの下品で愉快な調子が目に浮かぶようだった。それでいてこの愛すべき性格までが伝わってくる。中でもスベルドロフスクという町で独自の名物ウォトカを作ったときの話は語り口も内容も最高の小話だった。素晴らしい。

    20世紀最高のチェリストと言われているロストロポーヴィチのおちゃめな性格も最高。同時通訳者として身近に接した経験と、関係者への取材を通じて面白いエピソードを掘り起こす手腕があればこそだろう。この人、スシ大好き、相撲大好き、ウォシュレット大好き、と大の日本びいきだったそうで、それらのエピソードが全部微笑ましい。ロストロポーヴィチといえば私は昔NHK-BSでやっていた古城(?)でのバッハの無伴奏チェロ組曲の力強く荘厳な演奏ライブ映像しかイメージがなかったが、そんなのが全部吹っ飛んでしまった。ヨーヨー・マなんかよりずっとすごい人なのに。

    そのロストロポーヴィチが、自分の師匠にあたるショスタコーヴィチが公衆便所でうんこまみれになる話を披露したときの場面も書いている。この人もかなり有名な作曲家なんだけどなあ。ロシアの公衆便所は恐ろしく汚いらしい。世界各地のトイレを渡り歩いたあの椎名誠までが、筆舌に尽くしがたいとはまさにこのことだと観念して、それでも可能な限り描写したときの文章が引用されている。曰く、この便所に恨みのある一族が執拗に復讐を果たした結果のなせることではないかと。

    普通のロシア人はとても貧しい生活をしていたと言われているが、実態を見るとそうでもなかったのではないかと考察している。悲惨な労働環境に置かれて同時多発的にストライキを起こした炭鉱労働者の不満を調べてみたら、有給休暇が年に45日に減ったことが不満の一つとして挙げられていたりする。じゃあ休みの間は遊んでいるのかというとそうではなくて、その半分ぐらいは郊外の別荘で農業にいそしんでいるらしい。ロシア人はほぼ兼業農家だからモノがなくてもそんなに切羽詰っていなかったという指摘には驚かされた。政府高官ですらも妻が農作物が心配だからとなかなか別荘を離れられなかったと語っていたりしているらしい。

    日本に来たロシア人は以前はまるで黄金の国ジパングのようだと驚き感動して帰っていったというが、今では日本のサラリーマンの年間有給休暇取得日数が10日以下だと知って青白くなって帰っていくのだという。まあそれは多少作者の思想的な偏見もあるとは思うのだが、企業だけ豊かで家庭は貧しい日本という指摘には大いにうなずく。この本はもう10年前の本だが、現状はますます進んでいっている。

    とにかく面白くて知的でためになる本だった。話のタネにもなると思う。こういう本をもっと読んで楽しみたいと思った。作者が既にガンで他界していることが惜しまれる。

    政治関係の話は、いま私が平行して読んでいる佐藤優「インテリジェンス人間論」と相互にリンクしている箇所があった。文章の面白さと質の高さでこの二人のロシア関係文化人は是非お勧め。

    コメント

    人工鉱山 ひっちぃ
    一つ思い出したことがある。ソビエト時代に総チタンでオベリスク(尖塔?)を作ったことを作者はロシア人らしい壮大な無駄遣いだと書いているが、あれは実は必要なときに解体して資源を取り出せるようにした人工的な鉱山なのだと、私はどこかで読んだ覚えがある。

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    manuke.com